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「咲くべき場所を選びなさい」中村🍀

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“置かれた場所で咲きなさい”という有名な著書があります。これを例えば今の娘(社会人24歳)と息子(高3)、それぞれに同じようには言えないのが正直な所です。

娘は福岡の大学卒業後、帰熊して実家通いで保育園で働いています。保育士です。毎日園児たちの保育のことを一喜一憂しながら楽しそうに頑張っています。卒業前は“もしかしたら保育士にならないかもしれない”などと言っていた割には、現実お給料もいいですし、私たちからのアドバイスもあってか、うまくやっている社会人2年目です。とすると、今の娘には置かれた場所で咲け!と言っていいのかなとなります。

これが息子ではどうなのか。現在受験生。進路はある程度絞っています。親から見て息子の適正から“〇〇の仕事が向いているんじゃないか?“と、やはりずいぶん前にアドバイスしていまして、アドバイス通りその仕事に就くための進路になっています。ただまだそこにいない息子に置かれた場所で咲け!とは言えませんし、この言葉は若干投げやりであり無責任にも聞こえてならないため、まだ先を選び放題の息子には、咲く場所を選べと言った方がいいような気がして。もちろん娘もそうです。今現在花開いて咲いていますが、まだ場所を選べる年齢です。目上の人間が”お前はそこがえー“とか、”置かれた立場で頑張らんかい“などと言っていいものでしょうか。適性や能力などを理由に選択を絞らせていいのか。娘と息子であれば私の人生に欠かせない存在であるので、責任を伴わせながらも”お前はそこで咲いた方がいいんじゃないか?“と言っていいのかもしれません。

これを職場ではどうなんだろうか、、、私はリーダーという立場です。当然ながら職員たちは与えられた仕事をこなします。また、私から支持された仕事を全うします。ズレていたら温厚?な私でも道がズレないように指導します。そして娘や息子のように、ある意味職員たちも私の人生において欠かせない存在であるのですが、大人社会の中では、大きな責任をかぶる私の立場と、それぞれの仕事を責任をもってやり遂げる個々人の職員たちには人生の違いがあるわけです。ですので、与えられた仕事は当然やらなきゃなりませんが、各々に無責任にも“君は・あなたはそこで咲け!”とは言えないのではないかと、、、置かれた場所でも生きる場所次第で又は考え方次第でも咲く場所や咲き方はどうにでもなるのではないかと考えるのです(気持ちの模様替えをする?みたいな)

組織に属しているわけですから、それぞれの咲き方が自由すぎてはだめですが、選ぶ自由さ・選ばせる自由さもあっていいのかもと思うのです。割と「良いんじゃない!」と言う方のリーダーです。ダメダメ言わないという信念をもっています。ここでなのか又は違う場所でなのか、惰性ではない仕事や人生が送れるよう、私からは「咲くべき場所を選びなさい」というスタンスのウェイトをかけておこうと思います。(言われる側としては、「置かれた場所で咲きなさい」と言われた方が楽かもですけど)

あかつき・施設長・中村猛🍀

9/19、藤崎宮秋例大祭の奉納団体様が、例年通り飾り馬を連れ、披露しに来てくれました。昨年までは黒馬だったような気がしますが、この団体の馬は毎度優しい馬なので、ご入居者・ご利用者は何時もなでることができ、皆様とても楽しみにしておられます。