先日、仕事から帰宅すると、一緒に住んでいる小学一年生の男の子の孫の事で、娘から話がありました。
道路工事のため、スクールバスが自宅近くの停留所ではなく、少し離れた市民センターに変更したとの事。その日は変更の初日でした。娘は孫に「ママが車で迎えに行くから、バスから降りたら市民センターで待っていて。」と伝えていたそうです。でも娘(ママ)は、急な変更があった事をすっかり忘れ、いつものように自宅で帰りを待っていたといいます。
娘(ママ)は30分ほど自宅で待っていましたが、なかなか帰って来ない事を不思議に思い、やっと自分が「迎えに行く」と言った事を思い出したようで、慌てて車で市民センターに向かいました。そこに孫の姿はなく、娘(ママ)はパニックになり、学校や自宅に電話をして探し回る事1時間。孫は徒歩で無事に帰ってきたとの事でした。
その空白の1時間、何が起こっていたのでしょう?
娘(ママ)は車で近道を通って迎えに行きました。普段は降りる事のない停留所でスクールバスを降りた孫は近道を知りません、30分以上待ってもママが迎えに来ないので、スクールバスのルートを徒歩で帰ります。そのルートには押しボタン式の信号機がありました。初めて1人で長い距離を歩く孫は「押しボタン式信号」を知らなかったようで、信号機は勝手に青に変わるものだと思ったそうです。さらに数十分、歩行者用信号が青に変わるのを待っていた孫。帰宅までの冒険のような1時間、1人どんな気持ちで過ごしていたのかと考えると「胸が痛いね。」と娘(ママ)がつぶやきます。
そこで私は得意げに「うちの職場では、子ども達のSST活動で押しボタン式信号と普通の信号を渡る練習をしたよ。」と話して聞かせました。
大人の私たちが「あたりまえ」や「ふつう」と思っている事を、子ども達はまだ知りません。生きてきた年数、経験した場所や時間が違うので、考えてみたら当然の事です。でも普段から「あたりまえ」と思って過ごしている私たち大人には、子ども達の「わからない」や「なぜ?」や「どうして?」がわかりません。
今回の事で「普段からおひさまで取り組んでいる活動は、子ども達にとって無駄なことは一つもない、子ども達の経験や力になっている。」と強く感じました。
日頃から子ども達の目線や立場で「気づく」こと、支援者として「察する力」を大切にしていきたいと思います。
放課後等デイサービスおひさま 髙木