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障害とは・・・

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発達障害=障害、発達障害=病気 答え?はそのいずれでもない様に思います。

発達障害とは脳の発達が一般の人(多くの人)とは少し異なる状態(これを脳機能の障害とするのであればこのこと事態は障害で有り、脳機能とは脳の働き方や感じ方をいうのであって脳そのものではなく機能をさしています)をさしています。

世の中は一般の人の(多数派)生活趣向が中心であるかのように思われがちですが、発達障害がある方はその感じ方や考え方のパターンが違うだけの、いわば特性を持った方(少数派)で、多くの人の生活趣向と違う、それを障害と表現してしまうことに問題があるように思います。

障害とは、社会生活を送る上での困難さや不便さが続く状態であって、環境や相対する人によって障害となったり障害でなくなったりもし、社会生活を送る上で適切な支援サービスが必要不可欠な状態にある人を「障害」として認定します。

また、社会(国)の障害認定制度とは違いますが、障害手帳をお持ちでもその人によってできることや苦手なことも違ってきます、一概にこの障害が有るからできないだろうとすることで不当に不利益を被ることにもつながったりします。

最近、LGBTがマイノリティな障害として取り上げられていますが、まさに大多数の生き方と少数派の生き方の違いであって、これもまた障害と表現されるのにも抵抗があるように思います。

 確かに人間社会では大多数派の考え方を常識として、そのことを以って社会的規範とする傾向があります。しかし世の中が進歩しこれまで常識だったものの範囲が拡大されてきているのも事実ですし、環境や相対する人によっては、これまで障害であったものに対応できることも多くなって来ました(社会生活スキルの変容)

障害の概念も、障害がある方本人に障害があるというより、現状の社会の仕組みがその方にとって障害があると考えるほうが妥当とも考えます。

発達障害を持っていても、成長や療育、周りの環境(生育暦)でできることは増えて行き、自分の力で社会生活を送っている人もたくさんいらっしゃいます。勿論、「障害」という認定を受ける必要もありませんが、「障害」認定を受けたとしても行政の支援を受け、その人にとっての環境調整もできるようにもなります。

発達障害には知的障害や精神疾患を伴う場合もあれば伴わない場合もあります。知的な障害があったとしても社会的スキルを身につけることも、成長と共に知能も発達します。

また、発達障害は病気ではないので治すというより、脳の特性に沿って成長、発達を促すと表現するのが妥当だと思います。発達、成長することは可能ですし、むしろ、この特性を完全に払拭することのほうが難しく、大多数にあわせることで本人にも相当のストレスとなります。発達障害の有る子どもも確実に成長し発達します。特に社会で生きていくためのスキルは子どもだからこそ発達しうる部分も多く、このことは障害がない子どももみんな一緒ですし、発達障害の有る子どもはその手順や伝え方時間などに工夫を要することになり、これを「療育」と呼んでいます。

更に時にはこの「特性」が強みになる事だってあります。人間の生活を変えた多くの発見や発明、美しい音楽や絵画など発達障害であったといわれる方の多くの功績がそれを裏付けています。これらの方々は周囲の環境によって偉業を達成されたといってよいでしょう。

発達障害の原因は脳機能の障害とされていますが、なぜ脳機能障害が起こるかは解明されていません。勿論、生んだ母親のせいでも育て方が悪いせいでもありません。むしろ子どもの成長には個性に寄り添った適切な教育が必要ですし、このことは、健常児も同じです。 

療育とは「教育」「医療」「養育」の総称であり、これは単純に3つの組み合わせを意味するものではなく、現代社会のあらゆる資源を動員し、障害を持った子どもの「権利と生活」を拡大するものです。

※あらゆる資源とは「教育」=科学的根拠に基づいた教育、本人や関係者に関わる教育にとどまらず社会教育も含む教育や「医療」=医術だけではなくアシスティック・テクノロジー(技術支援)、科学や化学及び「養育」=必要な時間や愛情、物理的環境を伴った養育

 

 

相談支援センターいちばん星 成瀬