あかつきの実践ブログ blog

「友達は少しはいた方が、、、」中村🍀

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友達といえる人が皆さんにはどれくらいいるでしょうか?私は転校が多かったため、いわゆる地元の友達(小さいころからの友達)という人がいません。熊本出身ですが5歳になる前には北海道へ引っ越し、熊本に戻ったのは高校2年生ですから、小・中学校の一番濃い時間を過ごした、または、この長い時間、沢山の思い出や苦労を共有した仲間が熊本にいないという、少し寂しい人間かもしれません。

ここでいう仲間ですが、ある一定の目標などを共有していたり、共通の目的や関心を持つ集団のメンバーとなります。この後、目標などを共有しなくなっても利害を伴わず付き合えているのが友達です。

これに当てはめれば、学校や職場は仲間の領域になるのですが、先日部活を引退した息子に、高校総体前の何気ない会話の中で聞いた言葉が、私「いい仲間がいてよかったな?」息子「うん!でも引退したら仲間じゃなくなるんだよね」と。目標(総体優勝など)がなくなり部活を引退したら、仲間が仲間でなくなるのをさみしがっていたので、「仲間が仲間でなくなっても、そのあとずーっと友達でいられるやん。お前がうらやましいわ」といい、息子も納得の返事でした。この友達の中から親友と呼べる人が生まれてくれば尚いいですね。

息子と同時の話ですが、この部活動で保護者会を運営していた同じ学年の親たち。部活の監督も言われたのですが、「現在、顧問になって十数年ですが、過去一でいい保護者会でした」とおっしゃってくれました。また、総体前5/17~/18で行った大分遠征時、帯同した保護者たちで夕食を一緒に過ごしましたが、キャプテンのお父さんが、「たまたま集まった皆さんと保護者会で同じ目標に向かって子供たちをサポートしてきたけど(仲間として)、この歳になってできた“友達”のようで、、、なかなか歳を取ってから友達なんかできないよ!?子供たちが引退しても定期的に飲み会しようね!」と。皆さん“うんうん!”と納得でした。

私の場合、先でも言いましたが、そもそも友達と呼べる人が少ないわけなのですが、それでも学生の時にできた仲間のうち数人が友達で、うち一人は親友と思っています。年齢は一つ上の人ですが、利害関係なく心配し合い、たまに会い、近況を馬鹿話交えて話し・笑い、次会うのがいつになるかはわからないくらいですが、何となく通じあっている感じです。小学生時代(北海道)に仲良くしていて、私の転校前に“俺たちずっと友達だぞ”と言い合った剣道のライバルは、7年ほど前に若くして病死してしまい残念な思いをしましたが、もういなくても彼も親友です。

ラインや電話登録などやたらめったら増やす人を知っていますが、ある意味私より寂しい人なのかもと思ってしまいます。逆に言えば、少ないですが私には濃い関係性の利害を伴わない友達がいるので、私は寂しくないのかもしれません。

友達と呼べる人は少なくていいと思うのは人の価値観ですので、多くてもいいとは思っています。ただし、友達の数よりもその関係の質や自分にとって心地よい関係を築くことが大切だと思うのです。友達という概念が価値観の違いもありつつも、やはり利害なくお互いにメリットのある対象であることが大事なのではと思い、私はそういう人が少ないですがいるだけいいのかと思っています。

あかつき・施設長・中村猛🍀

最近流行りの”コキア”。形を整えるのは7月中までですが、秋に赤くなることを楽しみに、全部で10苗敷地内に植えました!最初から丸いのかと思っていましたが、あれは実は整えているんだと知りビックリでした。