江戸時代の福岡に、偉い学者さんがいたそうです。教科書にも出てたかな、貝原益軒と言うお方。
その貝原先生が、80を過ぎて著したのが「養生訓」 日本で最初にベストセラーとなった健康本だそうです。
なんか最近色々と・・・ 目とか肩とかあちこちが・・・ 病気と言うか、まぁ老化・・・
そこで図書館で借りてみたというわけです。
「養生訓」の内容は、まず「総論」がありまして、続いて、飲食・飲酒・入浴・睡眠・大小便・鍼灸・用薬・養老など、様々な生活習慣に対する貝原先生の教えが書かれています。
以下は、紹介文からの抜粋。
「養生訓は、科学的健康管理の方法を、儒教道徳と結びつけて説いた書として、江戸時代広く庶民の間に読まれた、わが国最初のまとまった教育論の書である」
儒教道徳とありますが、儒教で最も重要とされたのが「考」だったはず。「養生訓」の「総論」でも「考」の実行のためにこそ健康・長寿が必要であるとしています。
では、そもそも儒教における「考」とは何か。わかりやすく説明しますと・・・・・
なんだか長くなりそうなので止めましょう。興味のある方は図書館で借りてください。
では、私がグッときた貝原先生の教えを二つご紹介します。
「養生訓 巻第二 総論 下」より
百病は皆気より生ず。病とは気やむ也。故に養生の道は気を調(ととのう)るにあり。調ふるは気を和らげ、平(たいらか)にする也。凡そ気を養ふの道は、気をへらさざると、ふさがざるにあり。気を和らげ、平にすれば、此二つのうれひなし。
「病は気から、嫌なことはとっとと忘れろ。気にするな、適当でいいんだよ適当で」
といったところでしょうか。いや~、それがなかなか出来ないから悩むんっスよね~、人って。難しいなぁ~。ではもう一つ。
「養生訓 巻第八 老を養う」より
年老ては、さびしきをきらふ。子たる者、時々侍(は)べり、古今の事、しずかに物がたりして、親の心をなぐさむべし。もし朋友・妻子には和順にして、久しく対談する事をよろこび、父母に対する事をむづかしく思ひて、たえだえにして、うとくするは、是其親を愛せずして他人を愛する也。悖徳(はいとく)と云(いう)べし。不孝の至也。おろかなるかな。
「子ならば、ときどき親に会いに行け。話し相手になってやれ」
父さん・・・ 母さん・・・ 元気してますか? 週末、そっちに行きますね・・・・・・・て思たバッテン、今週も来週も子供のサッカーの試合やった。やっぱ行かんバイ。
事務 高本