若草学園の実践ブログblog

『行動を強化してしまう関りと行動を弱化させる関わり』~おひさま 河野光輝~

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 Aさんとのある一場面での関りのお話をさせていただきます。 かなりの長文になりました…

 Aさんはダウン症で、人と関わることが大好きなのですが、適度な距離を保っていないとテンションが上がってしまい、してほしくない行動を起こしてしまいます。

 Aさんと私の『適度な距離』とは、空間的距離(Aさんのパーソナルスペースともいいます)や心理葛藤的距離(その人に近づいて関わりたいという気持ちとちょっと離れたいという気持ち)の2つの距離を、Aさんと関わる内容(活動)によって強弱をつけることだと思っています。

 Aさんと初めて関わったのは今年の6月です。愛嬌たっぷりの表情で私に近づいてきて、バランスボールで遊ぼう!とアピールしてきました。

 本人の要求に応え、バランスボールで一緒に遊びました。時間は2~3分程度だったと思います。その後、私の手をとり、トイレのジェスチャーをしたので、一緒にトイレにいきました。遊んでいた場所からトイレまでの距離は10m程度でしたが、移動中、何度も私のことを見ていました。多分、本人なりに私との距離感をはかっていたのだと思います。

 トイレを済ませ、部屋に戻ると、今度はバランスボールではなく、窓際に設置しているソファーに座ろうと要求してきました。私は、要求通り本人の隣に座りました。

すると…突然、Aさんは笑いながら、ソファーの座面の破れている部分からスポンジを引っ張り出し始めました。(しまった…💦 気づかなかった…)咄嗟に無言で止めましたが、後の祭りです…。あまりにも予測できていなかった行動でしたので、次に促すネタの準備ができておらず、『行動を止める』だけで終わってしまったのです。

この瞬間、『ソファーのスポンジを引っ張る=先生が止める』⇒『ソファーのスポンジを引っ張れば、先生が関わってくれる、反応してくれる』という行動をAさんに学習させてしまいました(キャリア20年なのに、反省です…ごめんねAさん…)

 (もう一回くるぞ…次はソファーに手が伸びる前に次の行動に促そう!)

 そう思った直後、私に2人の子どもが話しかけてきました。Aさんに気を配りつつ、2人の顔を見ましたが、一瞬Aさんが視界から消えました。多分1秒位だったと思います。「あっ!間に合わない」。私がAさんに視線を向けると、Aさんはニコニコして私の顔を見ながら、破れた部分に手をかけていました…。

今度はまだ引っ張り出していない。止めてバランスボール遊びに促すか、それともまだ引っ張り出していないからアイコンタクトで止まれないか… Aさんと1秒に満たないやりとりです。

 結果、2度目の失敗…。1秒に満たないやりとりの中で、私の迷いに気づいたのでしょう。スポンジを引っ張り出してしまいました。 私は出てきているスポンジを戻しますが、本人がニコニコして私の顔を見ているのが分かります。

やはり、私との距離や関わり方をAさんなりに考えている…。でも、この関わり方は適切ではないということを知ってもらわなくては…。よし、一度、支援者を交代しよう…。

Aさんに用事があることを伝え、他のスタッフと交代しました。案の定、交代したスタッフとの関り方は違いました。交代したスタッフとは、私と同じように一緒に座っていても破れた部分に目を向けることも、手を伸ばすこともせず、手遊びをしたりして過ごすことができていました。

 その様子を観察していると、交代したスタッフと私とでは、要求の仕方の違いがあることが分かりました。交代したスタッフに要求をするときは、スタッフの肩をポンポンと叩いて呼び、目が合ってからジェスチャーで自分がしたいことの要求を出していました。

 さらに、関わりを見ていると、スタッフとAさんの距離のおき方が見えてきました。

 冒頭、適度な距離を保っていないとテンションが上がってしまい、してほしくない行動を起こしてしまうと書きましたが、交代したスタッフはAさんのテンションが上がりそうになるちょっと前で視線を逸らしたり、声のトーンを抑えたり、歯を見せずにアイコンタクトを送ったりしながら、してほしくない行動に移らないための手立てをしていました。

 さすが!毎日関わっているスタッフはすごい!本人と適度な距離をしっかりと保てている!きっと、Aさんも安心して関わることができているんだろう… そう思いました。

 一方、私は今日、このままAさんとの関りが終わってしまえば、私とのソファーでの出来事は、『してほしく行動を強化』させてしまった状態での関係となってしまいます。

(Aさん、もう一度、私にチャンスを…)

 10分ほど、交代したスタッフと過ごした後、再度私と過ごす機会ができました。Aさんは、先ほどの関りを覚えていたようで、早速、トイレのサイン。一緒にトイレに行きますが、今度は手をつながず、「一緒にあるこうね」と言い、Aさんの右斜め前で、少し振り返るようにしながらトイレに行きました。先ほどトイレに行ったときは、手をつないで一緒だった先生が、今度は自分のちょっと前にいる…。Aさんは少し戸惑った様子で私の顔を見ながらついてきます。(よし、私に意識を向けてくれている…)

 トイレを済ませ、部屋に戻る際、Aさんは無言で私と手をつなごうと手を伸ばしてきました。私は、すぐに立ち止まり、Aさんと目を合わせました。するとAさんは、私の腕をポンポンと2回叩いて、手をつなごうと要求してきました。その瞬間に「そっか、手をつなぐんだね」と伝え、Aさんと手をつないで一緒に部屋に戻りました。

 部屋に戻るとAさんはすぐに私の背中をポンポンっと叩き、バランスボールを指さしました。(よし、今のタイミング!)すぐに「バランスボールで遊ぼうね!」と言い、一緒にバランスボールで運動遊びをしました。

 Aさんの表情もさっきと違い、私と良く視線が合うようになっています。(あとは、テンションが上がり始める前にクールダウンできれば…)

 しばらくバランスボール遊びをしていると、Aさんとつないでいる手から、Aさんのテンションが上がり始めるタイミングが伝わってきました。

 それは、呼吸のずれです。まず、視線が合わなくなり、次に私の手を握るAさんの手の力が強くなってきます。そして、バランスボールの揺れが激しくなってくる…という流れでした。

 私はすぐに、「上手だね~」っと歯を見せながら作っていた表情を変え、唇を閉じ、つないでいた手の力を緩め、視線を本人の鼻に向けるようにしました。

 その瞬間、Aさんは動きが止まり、私の顔を除き込みました。心の中で2~3秒 あいだを置き、再びAさんとつないでいた手に力を入れました…。するとAさんはテンションがあがることなく、バランスボール遊びを続けてくれました。

 こういったやりとり(駆け引きに近いかもしれませんが…)をしばらく続け、ソファーに移動。

 一緒に座るとAさんは、私の肩を『ポンポン』っと叩き、自分の足を指さします。「おっ!マッサージしようか?」Aさんは首を縦に振り、もう一度自分の足を指さします。マッサージを続けているとAさんの全身の力が抜けていきました。

 初めての関りからおおよそ30分程度かかってしまいましたが『Aさんとのやりとりが成立した瞬間』でした。

『ソファーのスポンジを引っ張る=先生が止める』⇒『ソファーのスポンジを引っ張れば、先生が関わってくれる、反応してくれる』という関係から『ポンポンっと軽く叩いて呼ぶ=先生が関わってくれる』という関係づくりができました。

 

 本日紹介した場面は、あくまでも一場面に過ぎませんが、私たち療育スタッフは、子どもの行動を観察するときには、①子どもの特性、②子どもの歴史(生育暦)、③今のその子の環境(学校、保育園、幼稚園や家庭状況)、④利用時の他の児童との相性、⑤その日の気候状況や本人の体調、⑥その日過ごした園や学校の状況や直近の行事…等、アンテナを張り巡らせ、行動観察と分析を行い、研修で学んだ専門的な技法を用いて、子どもたちの困り感に寄り添い、支援しています。

 『丁寧な子育て』を合言葉に・・・。

                                                                           児童発達支援センターおひさま  河野 光輝