「あなたを心配する人が、愛情深い人とは限りません」という言葉を目にしました。相手を大切に思うからこその心配なのですが、奥に不安があるとき、その心配は愛情ではなく、干渉になっているとのことです。わからなくはない、、、私にも思い当たる節が、、、。
子どものころ、したいことを親に話すと「それダメ!」と止められた経験。友達のことを話すと「その友達はやめときなさい」と口を出された経験、、、。服装や進路、帰る時間などなど、細かく聞かれた経験。言っている側は心配しているつもりです。でも言われた側は干渉されていて嫌な感じを受けます。それで親に反発した時期もありました。自由にはできない。もちろん家のルールや生活環境などから、そういわざるを得ない特に親たち。
干渉する側の真理は実は、”自分の不安を解消している”とのこと。子どもの失敗や離れていく子らへの不安、親としての責任などを気にして干渉しているんじゃなかろうかとのことです。あまりこれをしすぎると子供たちは“誰かが決めてくれる”とか、決めなきゃならない時に“迷う”とか“自信が持てない”とかあるそうです。私は逆に口出しされる範囲を狭くしたくて、“これじゃ自由にできない”と早くからアルバイトを始めました。自立が早かったかもしれません。
基本的には、子や職場での部下たちの目の前にあるものは、それぞれの課題なのです。親や上司があれやこれやと干渉してしまっては自立心も芽生えませんし、課題に直面した時失敗を恐れたり、行動した後なのに自信が持てなくなってしまうことにつながるわけです。これを干渉せず、失敗は寛大に受けとめ、進歩させてあげる勇気と我慢が私たちには必要なんだと。ある意味は相手の不安を背負う役割をしなくて済むように、日頃から人間関係の中におきる、見えにくい干渉の構造を知っておく必要があるのです。
今我が息子は、自動車学校に入校しています。私は自動車学校代をバイト代をためて自分で行きましたし、バイクや車なども親からお金を出してもらっていないので、息子にも自力で行ってほしかったのですが、母親の甘さで、自動車学校代を払ってもらって入校してしまいました。まあこれは致し方ないと、上のお姉ちゃんもそうだったので、そこは公平にと妻には何も言いませんでした。
4月末に入校したにもかかわらず、まだ一度も実技講習(乗車)を受けていない様なのです。情けないかなさぼり癖が出ており、教習の予約をしないのです。学科は今やタブレットで自宅で受けられる時代なのに、1時間しか受けていないとのこと。こうなると普通の親なら干渉してしまいますよね。「お母さんからお金出してもらったんだから、早よ車に乗らんや!なんで予約せんとかい?あっというまに期限がくるぞ!お前と一緒に入校している子で早い子はもう終わるぞ?!」と言っている私。目の前に言いたくなるような現実があると、やっぱり干渉しちゃう。構造に当てはめれば、“お金を出しているからもったいない”とか、“自動車学校流したら恥ずかしい”とかを、心配という体で言っちゃっているのかも、、、。だから私は自力で行ってほしかったのです。お金のことなんて言わなくて済みますし、免許取るか取らないかは息子次第ですから。このことは息子だけのことと干渉せずにいれたのに。干渉するのが面倒くさくて先日息子に言いました。「免許いらんなら自動車学校に電話して退校手続するからな!もうお父さんこれを考えるのが面倒くさい!6月中に全然進んでなかったら、金はいらんけん退校せぇ!マジで手続きするけんね!!」とビビらせておきました。多分本当に実行するのが私の性格です。
さぁ、息子の動きが変わるのか。干渉せずに済むならその方がありがたい。
あかつき・施設長・中村猛

あかつきのゴーヤです。昨年は施設正面に鉢植えしてあまり実がならなかったのですが、今年は、中庭の犬たちのケージに巻き付くように地植えしました。今年はかなり収穫が期待できそうです。